霊的成長の第2段階:クリスチャンの青年期
: キリストが全ての主である
イエス・キリストの主権
キリストの主権を決断により認める
コロサイ1:18によると、キリストはそのからだである教会のかしらであり、すべてのことにおいて第一のものとなられた、とあります。私たちの生活において、キリストは一部のすばらしい信者たちだけに表わされているのではなく、すべての信者にキリストが表わされているべきなのです。ローマ12:1でこう命じられています。"あなたがたのからだを、神に受け入れられる聖い、生きた供え物としてささげなさい。"
あなたには、キリストにすべてにおいて主となっていただくとき、以下のような不安はないでしょうか?
・わたしの問題なんか理解してはくれないだろう。 ・もしかしたら、わたしができないようなことを命じられるかもしれない。
・わたしが、あまり好きではないような仕事に就かせるかもしれない。 ・わたしは結婚できなくなってしまうかもしれない。 ・わたしの所有しているもの、趣味、友達などからくる楽しみを奪われるかもしれない。
・大きな事に関しては、助けてくれるかもしれないけど、小さな事は気に留めてくれないだろう。
エレミヤ29:11には、この不安に対する答えが記されています。 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ――
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
また、オズワルド・サンダ―ズは以下のように述べています。 "明確な意志による行動は、キリストの主権を認識することに関わっています。花嫁が結婚式の時に誓うとき、愛を持って永遠に花婿に権威を与えるのです。彼女は、この時の誓いにそって毎日を生きるのです。同じように、私たちの意志でキリストを王座に迎えるとき、自分が心を王座から降りるのです
。"
次の質問に対する答えが自分かキリストかを、そしてなぜそうなのかを考えてみてください。 ・誰がわたしの人生にとって最善なのかを一番良く知っているでしょうか?
・誰がわたしの人生にとってもっとも良いことをする能力があるでしょうか? ・いつでもわたしの人生にとって最善を願っているのはだれでしょうか?
静まってキリストの主権について黙想し、祈りの時を持ちキリストの主権を受け入れる決断の時を持ってください。
イエス・キリストは主である|キリストの主権を決断により認める|キリストの主権を実践することによって認める|まとめ